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東京地方裁判所 昭和48年(ワ)5276号 判決

原告

野坂純一郎

外六名

以上原告七名訴訟代理人

鷲野忠雄

外一名

被告

学校法人五島育英会

右代表者

星野直樹

右訴訟代理人

中村誠一

外一名

主文

被告は原告野坂純一郎、同高野平に対し各金二一万二、五二〇円、同由川笹子に対し金四一万九、八七四円、同由川博昭、同由川勝昭、同内田富子、同小野田貴子に対し各金二〇万九、九三七円並びに原告野坂、同高野の右各金員に対する昭和四八年四月一日以降、その余の原告らの右各金員に対する同四七年四月一〇日以降各支払済に至るまで年五分の割合による金員を併せ支払え。

原告野坂、同高野の本件確認の訴を却下する。

原告ら七名のその余の請求はいずれも棄却する。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は第一項にかぎり仮りに執行することができる。

事実

第一  当事者の申立〈省略〉

第二  原告らの請求原因

一  被告は私立学校法に基づき、東横学園(上記名称を冠した女子短期大学、大倉山高等学校、中学校、小学校、野川幼稚園、二子幼稚園)、武蔵工業大学、同付属中・高等学校、同付属信州工業高等学校を設置経営する学校法人である。

なお右各学校には、その教職員を以つて組織する労働組合―東横学園教職員組合等がある。

二  原告野坂は昭和三六年四月一日以降東横学園中学校教諭として、同四四年四月一日より東横学園中学校および高等学校兼務教諭として、原告高野は昭和三一年四月一日以降東横学園大倉山高校教諭、同三二年四月一日より東横学園高等学校教諭、引き続き昭和四四年四月一日より東横学園中学校および高等学校教諭として、各勤務し今日に至つている。

三  その他の原告らの父親訴外亡由川英雄は昭和三三年四月一日以降目黒高等無線学校事務員兼教員として勤務し、引き続き昭和四一年五月一日より東横学園女子短期大学の事務職員として勤務していたが、昭和四七年三月二三日死亡した。

なお昭和四六年四月一日現在原告野坂は七〇才八カ月、同高野は八一才九カ月、訴外亡由川は六四才一一カ月であり、いずれも前記東園学園教職員組合員である。

四(1)  原告野坂、同高野、訴外亡由川ら六〇才以上の者の昭和四六年度の昇給については、被告と右原告らの所属する東横学園教職員組合(以下組合という)との間で争いが生じた。ところで被告と組合との間では、昭和四四年六月二四日に昭和四五年度以降の組合加入の教職員の昇給について昇給に関する協定(確認書)が締結されており、それには六〇才以上の組合員である教職員に対しては、当該年度において他の組合員である教職員に現実に昇給を実施した支給した最高の昇給額を支給しなければならない旨の取りきめがなされている〈中略〉

(4)  しかるに被告は、原告ら三名の右昇給を認めず、右三名に対しては昭和四六年度一杯、昭和四五年度(昭和四六年三月三一日現在)の給与額を基準に、それぞれの給与および賞与を支給したのみで、昭和四六年度における昇給差額部分の支給を全くしなかつた。

(5)  よつて原告ら三名は被告を相手どり、東京地方裁判所民事六部に昇給差額分支払請求事件(昭和四六年(ワ)第五、七一五号)を提起し、昭和四七年一二月一日原告ら勝訴の判決があつた(但し訴外由川英雄は昭和四七年三月二三日死亡したため、原告由川笹子ら相続人五名が訴訟継承)。

(6)  右判決は、原告ら主張の右(3)のとおり、昭和四六年度の原告野坂、同高野、訴外亡由川英雄の昇給額は月額金一万二、〇〇〇円であると認定して、被告に対し昇給差額の支払を命じたものであり、原告らは右判決により昭和四六年度の昇給差額を受領し、又被告も右判決に対し控訴することもなく右判決は確定した。

(五)(1) 次いで昭和四七年度の昇給額については、組合と被告との間で昭和四六年度基本給の10.4%額であることについて合意が成立し、そのとおり実施された。〈中略〉

(3) しかるに被告は、「原告野坂、同高野については、昭和四六年度基本給の額が決定していない。前記判決が右両名の昭和四六年度昇給額を月額一万二、〇〇〇円と認定したのは判決理由中であつてそれ故既判力は及ばないから被告は右認定には拘束されない。」と称し、昭和四七年度の原告野坂、同高野の給与を昭和四五年度給与(野坂金五万八、八〇〇円、高野金五万七、六〇〇円)、に10.4%の昇給を加えた額(野坂金六万五、〇〇〇円、高野六万三、六〇〇円)の支払をなすに止めている。〈中略〉

六(1)  訴外亡由川英雄は昭和四七年三月二三日死亡し、同人の死亡に伴う被告からの退職による退職金請求権については、同人の相続人である原告由川笹子が三分の一、同由川博昭、同由川勝昭、同内田、同小野田が各六分の一相続した。

(2)  被告の退職金内規によれば、亡由川の場合、武蔵工大の二号表といわれる退職金計算表によることになり、それによれば同人の昭和四六年度の給与額に勤続年数(一四年〇ケ月)から割り出される指数を乗じて算出されることになる。〈後略〉

理由

一請求原因一、二、三の事実は当事者間に争いがない。

二同四、(1)、(4)、(5)、(6)の事実は当事者間に争いない。

三同五、(1)、(3)の事実は当事者間に争いない。

四同六、(1)、(2)の事実は当事者間に争いない。

五ところで本件昇給差額分及び退職金請求事件においては、原告野坂、同高野、訴外亡由川英雄の昭和四六年度の昇給額(昇給賃金請求権)がいくらであるかが先決事項となるところ、右については前記当事者間に争いない事実及び〈証拠〉によれば、既に別訴で当事者が唯一の争点として主張立証をつくし、裁判所もこの点につき実質的に判断し、判決の決定的前提として判断した事項であることが明らかである。

この様な場合、判決理由中に示された判断であつても、紛争の最終的解決を裁判所に委ねた当事者としては、信義則上これを受忍しかつ尊重すべきは当然であると解するものの、そのことから直ちに後訴においてその当事者がこれに反する主張をし又は争うがごときは許されないとするいわゆる既判力類似の効力を肯定することにはその基準の未定立や民訴法第一九九条の規定にも照らし躊躇せざるを得ない。よつて右争点につき再度判断するに、前記当事者間に争いない事実と〈証拠〉を綜合すれば、昭和四六年七月二日、当該年度の昇給に関し、組合と被告との間で原告野坂、同高野、訴外亡由川三名に関する分を除き、最高昇給額月額金一万二、〇〇〇円で交渉妥結し、同月七日組合員に対し、現実に昇給を実施した時点において有効に存在していた前記昇給協定(確認書)の解釈上、右七月七日をもつて右原告ら三名の月額金一万二、〇〇〇円の被告に対する昇給請求権が発生したものと解するのが相当である(右三名に関する昇給交渉の継続事実をもつて直ちに右確認書の適用除外の暗黙の合意が当事者間にあつたとはいえず、他に右事実を認めるに足りる証拠はない)。

六しからば右各昇給額を基礎として前記当事者間に争いない昭和四七年度の昇給率を乗じて算出すると、原告野坂、同高野の同年度分の昇給差額合計は各金二一万二、五二〇円(支払期は最終月額分につき昭和四八年三月三一日)、訴外亡由川の退職金総額は金一二五万九、六二二円(支払期は同訴外人死亡の日の翌日である昭和四七年三月二四日)であることが認められ右認定を左右するに足る証拠はない。

七〈証拠〉によれば、本件訴訟提起に当り原告ら勝訴の際には原告由川笹子が金四万円その余の原告らが各金二万円宛の報酬を原告代理人鷲野忠雄、同白川博清に支払う旨約し、もつて右各成功報酬金債務を負担したこと、原告らの右代理人らに対する本訴依頼は、前記のとおりの被告の前訴確定判決の既判力の客観的範囲を理由とする抗争に由来し止むなくなされたものと認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。ところで民法第四一九条によれば、金銭を目的とする債務の履行遅滞による損害賠償の額は、法律に別段の定めがある場合を除き、約定又は法定の利率により、債権者はその損害の証明をする必要がないとされているが、その反面として、たとえそれ以上の損寄が生じたことを立証しても、その賠償を請求することはできないものというべく、したがつて、債権者は、金銭債務の不履行による損害賠償として、債務者に対し弁護士費用その他の取立費用を請求することはできないと解されるのが相当である。もつともこの場合であつても相手方の抗争(起訴の挑発乃至不当応訴)が不当抗争で不法行為に当る場合には、不法行為に基づく損害として、これを肯定する余地があると解されるし(一般に応訴が違法性を有する場合とは、権利者の権利行使をことさら妨害する意図で応訴し、明白な事実を無視し権利者の真実な主張を執拗に争い、或は理由なき明白な抗弁を繰返す等の所為に出た場合と解される。)、更に金銭債務以外の一般の債務不履行の場合には応訴して争うのも当然であると認められる事情が全く認められない場合には債務不履行による損害としてこれを肯定しうるところ、本件では前記のとおり原告らに訴を提起させるに至つた被告の抗争行為につき雇用関係上要請される信義則に欠ける点のあることは否めないが、それのみでは右弁護士費用の賠償責任を認めるには充分とはいえず、他にこれを認めるに足る証拠はない。

八原告野坂、同高野は昭和四六年度の昇給額が各金一万二、〇〇〇円である旨の確認判決を求めている。しかし確認の訴における確認の対象となるものは一定の具体的な権利又は法律関係の現在における存否の主張でなければならないところ右原告らの求めるところのものは、過去の法律関係が現在の法律関係に影響を及ぼしている場合の右過去の法律関係にすぎず確認の対象とはならないと解する。

九よつて原告らの被告に対する本訴請求中原告野坂、同高野の昇給差額合計金各二一万円二、五二〇円及びこれ対する昭和四八年四月一日以降、訴外亡由川の相続人であるその余の原告らのうち原告由川笹子につき金四一万九、八七四円、同由川博昭、由川勝昭、同内田富子、同小野田貴子につき各金二〇万九、九三七円の各退職金及びこれらに対する各履行期後の昭和四七年四月一〇日以降各完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める請求は理由があるのでこれを認容し、右原告らの弁護士費用の損害賠償請求の点は失当として棄却し、原告野坂、同高野の確認請求の点は権利保護の資格を欠くものとして却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。 (根本久)

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